読売新聞 令和8年8月18日の記事を読んで、改めて考えさせられました。
半身まひの88歳の妻を、87歳の夫が支える。
夫自身にも認知症の疑いがあり、身体も思うように動かなくなってきている。
介護の現場にいると、
決して珍しい話ではありません。
老老介護。
認認介護。
そして最近は、介護する人自身も支援を必要としているケースが増えています。
「もう施設に入った方がいいのでは?」
言葉にするのは簡単です。
でも、施設に入れば費用がかかる。
特養でも所得や要介護度、居室、負担軽減制度などによって負担は違います。
一方、自宅に残る配偶者にも生活があります。
年金は夫婦2人分から1人分へ。
光熱費も食費もかかる。
そして自分自身にも介護が必要。
「お金がもたないから、
デイサービスを週2回から週1回にします」
そんな選択も、実際にあります。
だから私は思います。
「まだ二人で暮らせている」ことと、
「二人の暮らしが成り立っている」ことは同じではない。
介護者の体力は?
認知機能は?
ちゃんと眠れている?
食事は?
服薬は?
経済的に無理をしていない?
何かあった時、助けに来てくれる人はいる?
限界は、ある日突然一本の線を越えるのではなく、
こうしたものが少しずつ崩れて近づいてくるのだと思います。
そして——
その「限界」を、介護する高齢者本人だけに決めさせてはいけない。
本人、家族、ケアマネ、地域包括、主治医、訪問看護、介護事業所、そして地域。
「何が起きたら、この暮らしを見直すのか」
限界になる前から、みんなで考えておく。
介護される人の尊厳を守ること。
同じように、介護する人の暮らしと尊厳も守ること。
これから高齢化がさらに進む地域で、
避けて通れない問題だと思います。
